グリースは「入れる」から「状態を見て管理する」時代へ
― STLEの最新調査から見える潤滑管理の現在地
設備の信頼性を高めるうえで、潤滑管理が重要であることに異論はないでしょう。
一方で、実際の保全現場では「決められた周期で、決められた量のグリースを入れる」という管理が現在も広く行われています。
では、そのグリースが実際にどのような状態にあるのか。軸受は本当に追加給脂を必要としているのか。あるいは、すでに十分なグリースが存在しているにもかかわらず、さらに給脂してはいないでしょうか。
米国のSTLE(Society of Tribologists and Lubrication Engineers)が発行する専門誌 Tribology & Lubrication Technology(TLT) 2026年9月号の「Sounding Board」では、グリース分析や状態監視について興味深いアンケート結果が紹介されています。
この結果から見えてくるのは、グリース潤滑管理が「時間基準」から「状態基準」へ移行するうえで、まだ大きな余地が残されているということです。
グリース分析を利用しているのは37%
STLEのアンケートでは、
「あなた、またはあなたの顧客はグリース分析を一般的に利用していますか?」
という質問に対し、
Yes:37%
No:63%
という結果になりました。
この調査は15,000人のTLT読者に送付されたinformal poll(非公式アンケート)です。そのため「世界の工場の37%がグリース分析を実施している」という統計ではありません。
むしろ注目すべきなのは、トライボロジーや潤滑に関心の高いTLTの読者層に対する調査であっても、グリース分析を利用しているという回答が4割に満たなかったことです。
では、なぜグリース分析は油分析ほど一般化していないのでしょうか。
最大の問題は「代表性のあるサンプルを採ること」
自由回答で繰り返し登場したのが、Sampling(サンプリング)の問題です。
潤滑油の場合、適切なサンプリングポートを設ければ、設備を運転しながら一定条件でサンプルを採取できる場合があります。
しかしグリースは流動性が低く、事情が異なります。
例えば軸受から回収したグリースが、
- 実際の転動体-軌道面接触部に存在していたグリースなのか
- 軸受端部に滞留していたグリースなのか
- 新しく供給されたグリースなのか
- 古く排出されつつあるグリースなのか
によって、分析結果の意味は大きく変わります。
STLEの回答でも、
「代表性のあるサンプルを得ることが難しい」
「毎回一貫した条件で採取することが難しい」
「外部から汚染されていないサンプルを得ることが難しい」
といった意見が多数挙げられています。
さらに、分析コスト、適切な分析機関の不足、採取方法に関する教育不足、結果をどのような保全アクションにつなげるのか分からない、といった問題も指摘されています。
ここには、グリース潤滑管理特有の難しさがあります。
「グリースが入っていれば大丈夫」という考え方
もう一つ興味深いのが、技術そのものではなく認識の問題です。
回答者からは、保全担当者がグリースを重要な機械要素というより「安価な消耗品」と考えていることや、「とにかくグリースが入っていれば問題ない」と考えてしまう傾向が指摘されています。
しかし、転がり軸受にとって重要なのは単純なグリースの「有無」ではありません。
重要なのは、接触部へ適切に基油が供給され、必要な油膜形成が維持されていることです。
そしてグリースは多ければ多いほど良いわけでもありません。
過剰給脂は攪拌抵抗を増加させ、温度上昇やシールへの負荷、グリースの劣化促進などにつながる可能性があります。
したがって本来問うべきなのは、
「最後にいつ給脂したか」ではなく、「現在、この軸受は給脂を必要としているのか」
ということになります。
超音波給脂を利用しているのはわずか23%
そこでさらに興味深いのが、超音波を利用した給脂についての質問です。
「あなた、またはあなたの顧客はUltrasound Greasing Technologiesを使用していますか?」
という質問に対する回答は、
Yes:23%
No:77%
でした。
つまり今回のアンケートでは、超音波給脂を利用しているという回答は4人に1人にも達していません。
これも市場普及率を示す正式統計ではありません。しかし、潤滑・トライボロジーに関心のある読者を対象とした調査でこの数字であることは、状態監視を利用した給脂管理がまだ十分に普及していないことを示唆しています。
一方、「最も過小評価されている状態監視技術は何か」という自由回答を見ると興味深い傾向があります。
回答には、
Ultrasonic sensing(超音波センシング)
Ultrasound-assisted lubrication(超音波を利用した潤滑管理)
Acoustic emission(AE:アコースティックエミッション)
Grease monitoring(グリース状態監視)
などが挙げられています。
つまり、利用率はまだ高くない一方で、専門家の一部からは「もっと活用されるべき技術」と認識されていることが分かります。
グリース分析と超音波は競合する技術ではありません
ここで注意したいのは、「グリース分析が難しいから超音波に置き換えればよい」という話ではないことです。
両者が見ているものは違います。
グリース分析では、潤滑剤そのものを調べることで、酸化、汚染、摩耗粉、基油や増ちょう剤の状態などについて情報を得ることができます。
一方、超音波による軸受診断では、運転中の転がり接触部における摩擦や微小接触・衝撃などに伴って発生する高周波成分を利用して、状態の変化を捉えます。
つまり、
グリース分析は「潤滑剤そのものを見る技術」
であり、
超音波は「潤滑されている機械がどのような状態で動いているかを見る技術」
と整理できます。
目的が異なるため、本来は補完関係にあります。
次に求められているのは「リアルタイム化」
今回のSTLE調査でもう一つ注目したいのが、
「今後、油分析のどの領域にさらなる開発が必要だと思いますか?」
という質問です。
自由回答では、
- Real-time oil sensors
- Online monitoring
- Onsite analysis
- AI-assisted diagnostics
- Particle monitoring
- Wear debris analysis
など、リアルタイム化・オンライン化を求める声が多数見られました。
従来の潤滑剤分析では、
サンプル採取 → 分析機関へ発送 → 分析 → レポート受領 → 判断
という時間差が生じます。
これに対して、設備を運転したまま状態を監視し、その場で変化を捉えたいという要求が高まっていることが読み取れます。
「一つのセンサですべてを見る」のではない
さらに興味深い回答として、
油分析+振動+温度+Acoustic Emission
を組み合わせたIntegrated Multi-Sensor Condition Assessmentの必要性が挙げられています。
これは今後の設備保全を考えるうえで重要な考え方です。
それぞれの技術は異なる物理現象を観察しています。
超音波・AEでは、摩擦や微小衝撃などに伴う高周波現象を捉えます。
振動診断では、回転機械の動的挙動や損傷に伴う周期的な振動成分を捉えます。
温度監視では、摩擦損失や発熱などの結果を捉えます。
油・グリース分析では、潤滑剤の劣化、汚染、摩耗粉などを捉えます。
一つの技術ですべてを判断するのではなく、それぞれ異なる「窓」から同じ機械を観察するという考え方です。
「故障を見つける保全」から「故障を生む状態を管理する保全」へ
今回のSTLEのアンケート結果から私たちが読み取るべきことは、単に「超音波給脂の利用率が23%しかない」ということではないと考えます。
より重要なのは、設備保全の対象が変わりつつあることです。
従来の状態監視では、
損傷が発生する
→ 振動や温度などが変化する
→ 異常を検出する
という考え方が中心でした。
しかし潤滑状態を監視する目的は、そのさらに上流にあります。
潤滑状態が変化する
→ 摩擦・接触状態が変化する
→ 表面損傷が進行する
→ 振動・温度などに明確な異常が現れる
のであれば、できるだけ前段階で変化を捉える方が合理的です。
だからこそ、決められた周期でグリースを追加するTime-Based Lubricationだけでなく、実際の設備状態を見ながら給脂を判断するCondition-Based Lubrication(CBL:状態基準潤滑)という考え方が重要になります。
「何ヶ月ごとに何g」から、その軸受が本当に必要としている給脂へ
メーカーが示す給脂量や給脂間隔は重要な出発点です。
しかし実機では、回転速度、荷重、温度、周囲環境、シール状態、振動、グリースの種類、運転時間などが異なります。
したがって計算上の給脂量・給脂間隔を基準としながらも、最終的には実際の機械状態を確認して管理することが理想です。
今回のSTLE調査は、グリース分析、超音波、オンラインセンサ、AI、マルチセンサ監視など、さまざまな技術についての回答を集めたものです。
しかし、それらに共通している方向性はシンプルです。
「決められた周期だから保全する」のではなく、「設備の状態を把握したうえで必要な保全を行う」。
潤滑管理もまた、その方向へ進みつつあります。
グリースを「定期的に入れる消耗品」として管理する時代から、機械の信頼性を左右する重要な状態変数として管理する時代へ。
今回のSTLEのアンケートは、その変化と、同時にまだ残されている大きな改善余地を示しているのではないでしょうか。


